« 診療時間 | トップページ | 院長 略歴 »
「愛」を持って治療するをモットーに、 父でもあり師匠でもある、畠中 繁太郎の元で修行した 整復・固定・治療を 信念を持って後輩たちに伝えます。
コメント (1) | トラックバック (0)
畠中先生、ご無沙汰しています。私は長男の俊治君と保育園からの同級生でした冨士本 政基といいます。覚えていらっしゃるでしょうか? 和歌山関係のサイトを見ていくうちに、このホームページにたどり着きました。 保育園から小学校のころは、俊治君とよく遊ばせてもらい、整骨院の上の自宅の方にもよくおじゃまさせてもらい、本当にお世話になりました。俊治君とはもう20年以上お会いしていませんが、元気にしてらっしゃいますか?また機会があればお会いしてみたいものです。 私の方は今は仕事の関係で、香川県の高松市で写真のプリントの仕事をしています。妻と2人暮らしです。母は今でも堀止の家で元気で過ごしています。年1~2回ほど和歌山に帰省しています。その時によく小松原分院の前を通りますが、建物は今でも昔のままのようで、通るたびになつかしく思っています。 場違いなコメントで申し訳ありませんが、久しぶりにお話をと思い、コメントさせてもらいました。ご家族の方にもよろしくお願いします。そして、畠中整骨院のさらなる発展を期待しています。 ではまた、いつかお会いしましょう。
投稿者:ふじもと
名前:
メールアドレス:
URL:
この情報を登録しますか?
コメント:
コメント一覧
畠中先生、ご無沙汰しています。私は長男の俊治君と保育園からの同級生でした冨士本 政基といいます。覚えていらっしゃるでしょうか?
和歌山関係のサイトを見ていくうちに、このホームページにたどり着きました。
保育園から小学校のころは、俊治君とよく遊ばせてもらい、整骨院の上の自宅の方にもよくおじゃまさせてもらい、本当にお世話になりました。俊治君とはもう20年以上お会いしていませんが、元気にしてらっしゃいますか?また機会があればお会いしてみたいものです。
私の方は今は仕事の関係で、香川県の高松市で写真のプリントの仕事をしています。妻と2人暮らしです。母は今でも堀止の家で元気で過ごしています。年1~2回ほど和歌山に帰省しています。その時によく小松原分院の前を通りますが、建物は今でも昔のままのようで、通るたびになつかしく思っています。
場違いなコメントで申し訳ありませんが、久しぶりにお話をと思い、コメントさせてもらいました。ご家族の方にもよろしくお願いします。そして、畠中整骨院のさらなる発展を期待しています。
ではまた、いつかお会いしましょう。
投稿者:ふじもと